夏の訪れとともに、街中やオフィスでよく耳にする「クールビズ」。環境省が提唱し始めたのはもう20年近く前ですが、いまや夏の風物詩のように定着していますね。

もちろん、地球温暖化対策や省エネの観点から、室温を高めに設定しつつ快適に過ごすための工夫という意図は理解しています。でも、毎年この時期になると、私はどうしてもクールビズに対して、少しモヤモヤした気持ちを抱いてしまうのです。

そもそも「正装」とは何だったのか

まず感じる違和感は、「正装」と「涼しさ」の間にある矛盾です。

これまで「きちんとした服装」とされてきたスーツやネクタイが、クールビズ期間中は急に「不要」とされる。この変わり身の早さに、私は毎年驚かされます。

本当に、ネクタイがないだけでその人の誠実さや信頼感は変わるのでしょうか? 逆に言えば、ネクタイを締めてさえいれば人間性が保証されるかのような感覚に、少し怖ささえ感じます。

また、男性中心のビジネススタイルを前提にした「クールビズ」という枠組み自体も、いまの多様な働き方や価値観とはズレ始めているように思うのです。

女性の「見えない負担」は誰が考えている?

男性にとっては「ネクタイを外す」「上着を脱ぐ」といった比較的シンプルな変化ですが、女性の場合、クールビズに対応する服装選びはずっと複雑です。

例えば、「涼しく、でもカジュアルすぎず、だらしなく見えず、上品で、かつ動きやすい」という条件を満たす夏服。さらに冷房対策のためにカーディガンを持ち歩いたり、汗やメイク崩れのケアまで求められます。

それなのに、「女性はクールビズ関係ないでしょ?」という無神経な声が今なお聞こえてくるのです。誰もが軽やかに夏を楽しめるように見えるクールビズですが、実際には、性別によって負担のかかり方に大きな違いがあるのではないでしょうか。

結局、「自己責任」になっていない?

もうひとつ気になるのは、クールビズが「自己責任」化している点です。

推奨はされても、結局のところ「どこまでカジュアルにしていいのか」「どこまでなら常識的とみなされるのか」という線引きが曖昧なまま、個人の判断に委ねられている場面が多いですよね。

周囲の空気を読みながら「このくらいなら大丈夫かな」と手探りで服装を決める毎日。オフィスの空調設定もしかりで、暑がりの人と寒がりの人で感じ方が全く違うのに、一律の基準で運用されがちです。

クールビズを導入するなら、もっと会社全体で「この範囲はOK」と明示したり、個人の体調に配慮した温度管理があってもいいはず。でも、そこまで踏み込まずに「各自で工夫してね」と済ませてしまうのは、結局「個人任せ」になっているように思えてなりません。

「働き方」を見直すチャンスにできたかもしれないのに

クールビズが本当に目指すべきだったのは、「環境にやさしい装いを通じて、働き方そのものを変える」ということだったのではないでしょうか。

例えば、夏の間は勤務時間を短縮するとか、リモートワークを積極的に取り入れるとか、そもそもオフィスに長時間縛り付けない働き方を促すチャンスだったかもしれません。

でも実際には、「暑くても出社して、見た目を少し軽くする」という小手先の対応で終わってしまった感があります。これでは本質的な改善にはつながらないですよね。

これからの「夏の働き方」に求めたいこと

これからの時代、クールビズに求めたいのは、単なる服装の工夫ではなく、もっと根本的な発想の転換です。

一律の正解を押し付けるのではなく、それぞれが自分にとって快適で生産性の高いスタイルを選べる柔軟さ。そのためには、服装だけでなく、働く場所や時間、チームのあり方まで見直していく必要があると思います。

環境に配慮することと、個人の尊重は、きっと両立できるはずだから。

そんな未来を思い描きながら、今年の夏も、自分なりの「心地よい働き方」を模索していきたいなと思っています。

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